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節分とは、季節の分かれる時の意味で、本来は立春・立夏・立秋・立冬に移る時をさします。
太陰暦では、12月下旬から正月初旬が立春にあたっていました。そこで年越しと重なる立春に移る時だけが「節分」と呼ばれるようになり、現在に至っているのです。
立春の前日を「節分」と呼び、全国各地の寺社で営まれる除災招福の豆まきの行事を「節分会」または「節分追儺会」と呼びます。
追儺とは、別名「鬼やらい」「鬼走」「厄払い」「厄神送り」「駆儺(くだし)」ともいい、災難を追放し、招福を得るというものです。「儺(だ)」は、「難」と同じで、「難」は〈つつしむ〉意味をもつことから駆疫の意味ともなって「儺(だ)」を使うようになりました。
節分に行われる「豆まき」行事は、中国の「追儺の儀式」と結びついてできたもののようです。
「追儺の儀式」は平安時代に中国から伝わったもので、大晦日(12月末日)の夜に宮中で行われていました。
大晦日の戌の刻から始められ、陰陽師が祭文を読み上げた後、四つ目で角を持つ鬼のような形相の鬼神・方相氏(ほうそうし)が難声を発して手にしている戈で楯を三度打ち、これに呼応して、親王以下の公家たちが桃の木で作った弓と葦の矢で都の四門から鬼を追い払い、一年の疫鬼を駆逐して新年を迎える行事でした。
豆を打って、邪鬼を追うようになったのは室町時代以降のことで、「豆打ち」は「鬼の目はじき」「鬼の目刺し」などと共に邪鬼を追い払う手段の一つでありました。これは民間で行われてきた風習が、武家・公家のそれに採り入れられたものと思われます。
また、太陰太陽暦で季節を正しく示すため一年を二十四等分した暦、二十四節気(にじゅうしせっき)では、四季が一巡した一年の最初の日を立春であるとしています。立春の前日である節分は二十四節気上の最後の日になるため、一年の最後・大晦日と同じ意味を持ちます。そのため、二十四節気上の大晦日にあたる立春の前日に新しい一年の災厄を払う「追儺の儀式」が行われるようになり、その儀式自体を「節分」と称するようになったようであります。
「豆まきとは」
豆打ちをし、鬼に扮した者を追い回す現在の「節分追儺式」と称される行事は、もともとは「節分」「追儺式」とそれぞれ別のものでした。
追儺の行事は、中国から我が国に伝わったもので、豆まきも中国のそれにもとづいたものです。
「あきの方(吉方)」に向かって豆をまき招福、「あきの方」を背にして豆をまき鬼を追うとされています。現在では、煎った大豆を升に入れ仏壇にお供えしてから、「鬼は外」「福は内」といって豆をまきます。大豆をまくのは、豆が魔目・魔滅に通じるからで「邪気を退け払う」と考えられています。
「豆まき」のほか、鬼が嫌う柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を刺したものを戸口に立てておくというものも鬼を払うといわれています。
妙法寺の祖師堂は、鬼に守られています。そこで鬼も法華経により改心したとして、妙法寺の豆まきでは「鬼は外」とはいいません。
妙法寺では、その年の干支に生まれた方のみでなく、男女または干支に関わりなく、祈願主の方全てを「年男年女」とし、法要ののち豆まきを奉行しています。
豆まきにご参加くだっさた方へ、粗品をご用意しております。
【節分 境内の案内図】
※順路に沿ってご参拝ください。
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| 年男・年女(豆まき):祈願主 一名様 金30,000円 |
| ※福豆を御受けの方はお申込み不要、参加費無料です。 |
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